後進に託す

信長が好んだ舞である敦盛に「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」とあります。

人の一生とは天に比べると儚いものであるという意味です。

丁度、この五十年を意識にするようになってしまいました。人の一生が50年というわけではなく、人の一生の比喩として50年とされていると言われています。

また、孔子論語では、「五十にして天命を知る」とあります。

五十歳になると、天から与えられた自分の使命を悟るようになるということです。

 

個人的にはもともと体が強くない中、ある意味、今はここまでよく生きてこれたという思いです。

 

医学生時代に、ウイルス研究所で本来の医学教育とは別に、授業が終わってから実験をして英文論文1編を作成し、米国NIHにも私費ですが2カ月行かせてもらうことができました。

臨床医という道を選ぶことになりましたが、その研究生活を経験したためか、毎年、学会発表したり、論文を書いてきました。

 

医師になって論文も英文論文3編、日本語83編の筆頭著者で、問い合わせ先著者が2編(最近は、筆頭にならず、問い合わせ先著者になっています)です。医師になってまもなく25年ですので、年間3編書いたことになります。

 

丁度、「虎は死して皮を留め人は死して名を残す」という諺のように、死んだ後に名前を残すような生き方を意識してきたつもりで、縁があって、さらに書籍(一般書4冊、医学書1冊)を書く機会を得ることができ、自分の実力以上に名が少し残ったのかなと思うこの頃です。

 

具体的に決まったらまた、アナウンスしたいと思っていますが、一般書を今年中に出版できたらと思っています。

 

天命とは何か?企業の創設者が、持続可能なビジネスで企業を残そうとしていくのと同じで、自分の経験などを後進に託すことかもしれません。

孔子が「論語」で後進に託したように。

 

後進に託すにも、人材がいなくては話になりません。

 

持続可能にするため、後進に託すため、大和高田市立病院に臨床研究センターを立ち上げることになりました。

臨床研究センターは、既にある教育研修センターとともに後進に託すための環境づくりを行っていきます。研究というプロセスで、論理的に物事を考えること、統計学、疫学などを通じて、論文を作成できる環境づくりをしていくことになります。

 

こうした環境が人材を育てる良い環境になるのではないかと思っています。種さえあれば、芽が出る環境を整えたいと思っています。

 

いよいよ大学受験も決戦に

大学受験から30年以上も経ってしまいました。

また、子どもの大学受験も終わり、やっと、大学受験と言う呪縛から解き放たれました。

 

世間では、これから大学受験を中心に、4月の桜の季節までに、サクラサクという言葉を貰いたいものです。

 

サンデー毎日週刊朝日では、毎年、大学合格者の高校別が掲載されています。以前は、医学部などは氏名が掲載されたこともありました。さらに、合格発表の掲示板では、番号だけでなく、氏名まで出ていましたが、最近は、番号だけで、さらにネットでも番号が確認できる時代になりました。

 

試験の感触が悪い時には、ネットもない時代、大学構内へ行くのは憂鬱でした。

 

もっとも合格者には後日、手続きの書類が郵送されてくるわけですから、待っていてもよいのですが、やはり、それはそれと早く結果を知りたいものです。

 

インフルエンザが流行っていますので、受験では、健康管理が一番大事です。何事も健康あってのことです。

 

次に、十分な睡眠を取っておきましょう。少しでも暗記したいと思うでしょうが、睡眠不足で、力を発揮できないこともあります。

 

この数年、資格試験を受けていませんが、試験前は、睡眠をなるべくとるようにしていました。

 

日頃の勉強してきたと自分を信用して、人事を尽くして天命を待つという心境で。

 

最後まであきらめないこと。1日目で失敗しても2日目で何とかなることもあります。

私がそうでしたから。そして、一度の失敗しても、捲土重来です。私は一浪しましたから…。

 

皆さんの健闘を祈っています。

情報の真実はどこに

よく判らない時に、キーワードを入れて検索すると思います。

検索して上位に出てきたものが正しいとは限らないことがあります。

また、人の脳はつい、自分に都合のよい情報に対して興味を示すことがあります。

 

どうしたらよいのでしょうか?

 

1つの情報のみを鵜吞みにしないようにしましょう。複数の情報を見ておきたいものです。注意しないといけないのは、複数の情報を見ていると思っていると、同じ出典だったら1つと同じです。

 

もの見方も1つではありません。できれば、広い視野で物事を見たいものです。

 

自分の人生はほぼ終わったかもしれないと思った時に、残された道は何ができるのか、それは生きていく1つの方法を残すことかもしれません。

 

思い込みが危険です。なぜなら思い込みが過ぎると、思い込みにすら気付かないからです。

 

錯覚って現象は知っていますよね。それと同じです。

 

目に見えている情報だけが真実とは限らない。

 

諸行無常は世の中も人の身体も同じ

何かを期待して期待外れであった時

 

…どう思うでしょう。まさにジェットコスターのようにその落差は大きなものです。

 

一方、あまり期待していないのに一定の成果を上げた時

 

…普通であっても、成果が強調されます。

 

つまり、評価に絶対的なものが無い時には、相対的であるということです。見方によっては物事は変わってしまう。そもそも物事は時々刻々と変わっていく

 

諸行無常…あらゆるものは、短い間で変化を繰り返し、一定のものはない。

 

人の判断も変わっていく。それは生物学的に同じである。

 

細胞は増殖と死を繰り返し、昨日の自分と今日の自分は違っている。

 

昨日と今日をつないでいるのは、自分の記憶です。人の記憶はあいまいです。ですから、書いて覚えておくのも1つの方法です。

 

だから、昨日言ったことが今日変わることも仕方がない。逆に言えば、修正できると言えます。

 

何かし始めた時、状況に応じて変えることが必要があるとも言える。

 

最近、昔の夢がもう達成できないと感じた時に、その言い訳として至った結論かもしれない。

 

 

捲土重来を信じて

もともと、身体は丈夫ではないのだが、昨日は38℃、痰が出そうな咳

 

もともと体温が低いので、寒気がひどい

 

身体の筋肉がだるい、筋肉痛がある

 

もしかしたら、インフルエンザ??

 

幸い、インフルエンザではなさそう。今日は、仕事で病院へ。

 

昨日よりはましだが…。

 

こんな時こそ、家で休みたいと思っても、ゆっくりできない。休む場所もないし、家で休んでいると文句を家で言われる…。明日も出勤してon jobで治さないといけない。

自分の尺度しか物事が見れない人には正直疲れる。所詮他人なのだから。

 

そんな事を考えていると暗くなるので、答えは1つとは限らない。この世の中、何だが正解を求めたがる。

 

そういれば、今日はセンター試験。30年以上前に受けた共通一次、今はセンター試験

 

しかし、寒くて免疫の低下する時期に試験をするのは、病気をしないのも実力のうちか?

試験での失敗も一度でめげるな

 

私が、京都大学医学部に入学できたのも、多分、順調でないではなかったからです。

 

合格圏にいた第一志望の中学受験の失敗、大学受験でも現役の時には共通一次(センター)に失敗してしまい、そのまま2次試験(一般入試)でも失敗し浪人して、臥薪嘗胆の上、捲土重来で合格しました。7転び八起きの人生。

 

何がいいのか判らないものです。

この2-3日、風邪で倒れてしまいました。

 

まだ、私自身、今までの人生で、思い残すことばかりで、天命を知らず。

 

まだ、捲土重来できるはず

 

 

 

2017年になってしまった…

年を重ねていくことで、だんだん、1年が重く乗りかかってくるような気がしています。今まで生きてきた時間より残っている時間は明らかに少なくなってきました。

2016年は、個人的にはあまり良いこともありませんでした。

2017年も既に3日経ちましたが、良いスタートを切ることができませんでした。この1年がまた重く乗りかかるのかもしれません。

 

さて、社会全体を見れば、昨年はネット内容の真偽が問われました。これはやはり、ライターのモラルかもしれません。以前、私自身もネットニュースに振り回されました。

 

小説を書こうとした時に、私の好きな歴史もので書き始めると、多くの資料が必要であることに気づいて断念しました。医学的記事は、医師であること、論文を理解できることなどを強みに書いています。当然、医薬品・医療機器に関する法律および著作権法に抵触しないように書いているつもりです。

何分、知的財産管理士と行政書士の資格を持っていますので…。

こんな時に資格が役に立ちます…。

 

インターネットの情報は玉石混交です。良い情報があるのも事実です。

そこで、今年のオールアバウトの記事は、そんな情報の真偽をいかに判断するか、判断できる方法を少し書いてみる予定です(既に書いて、校正中です)

 

昨年、校正ガールというドラマがありましたが、校正は重要です。書くより、校正の方が結構大変だったりします。

私自身は、必ず、3回読むことにしています。そのため書籍の場合は、結構大変です。その意味では、小説など夢のまた夢かもしれません。

 

Facebookにも書きましたが、今年は、資格を最低1つ増やすことと書籍を上梓することです。

 

なかなか更新できていませんが、今年もよろしくお願いします。

WELQから見た物書きの難しさ

All Aboutで記事を2005年から書き始めております。ある意味、ライター歴11年と言ったところでしょうか…。まだまだ未熟者です。

 

逆にいれば、気づけば、もう11年も経ってしまいました。

そもそも、All Aboutに賛同したのは、玉石混交のネット情報の取捨選択を専門家がしっかりと行うことです。

 

All Aboutのガイドとして認められるには、面接があったりするわけです。さらに、写真と実名を出すことが必須でしたので、記事の信頼を担保されていると思います。

 

All Aboutの健康分野は医学的知識のある人が書いていることが強みだと思います。しかし、医師は普段、文章が上手いわけではありません。時々、「チームバチスタの栄光」の著者である海堂尊氏のように上手に文章が書けたらと思ってしまいます。

 

文章は編集の人と一緒に記事を仕上げていくことが多いです。できるだけ、専門用語を避けたいと思って書くと、結構くどい文章になったり、第3者が読んでみないと判らないことが多々あります。

こうした苦労を得て、記事になるわけですが、私自身、患者さんに説明する時にもそのプロセスが役に立っていますので、ある意味、Win-Winです。

 

書く時には、基本的に医学論文や官公庁の報告書などを参考しています。

私自身も数多くの医学論文を書きましたが、著作権には注意していました。3級知的財産管理士を持っていますから…。

 

また、医師になってから、様々な分野の勉強しましたので、少しは医学以外の知識もあると自負しております。

 

記事も書籍もそうですが、当たり前のことを書いてもインパクトが少ないです。でも、医学的情報が不正確であると、健康被害を起こす可能性があります。そのため、公正、中立が大事になってきます。これが意外に難しかったりしますが、心がけることはできます。

 

ぶれずに皆様のお役に立ている情報提供に努めていきますので、これからもよろしくお願いします。

 

ライターと思われていますが、診療、臨床研究を学会発表し、論文にしたり、学会活動をしたり、講義をしたりと何だが忙しく過ごしております。そのため、言いわけですが、ブログが更新できていませんでした。すみません。

 

最後に診療の合間に、現在、数年越しで物書きをしておりますが、本になるまでは時間がかかります。また、発売日が決まりましたら、お願いします。